今日で仕事納めになります。メールマガジンも書き終わり、発送は31日0時を
予定しております。
このウェブログをご覧いただいている皆様へ、ご愛読いただきました
御礼を心より申し上げます。来年は更にお役に立てる情報を配信できる
よう努力して参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
明日、私スタッフ田村は自宅の大掃除を予定していますが、予定は
未定、寝て過ごすことになるかもしれません。同じくスタッフの李は今日
誕生日を迎え、楽しい元旦を迎えられそうです。
来年は1月4日から業務再開となります。またこのウェブログで皆様に
お会いしたいと思います。
それでは皆様、よいお年を!
クリスマスが終わって4日が過ぎました。日本ではクリスマスが
終わるとツリーはさっさと撤収、デパートだって「お正月商戦」に
乗り出します。
今日はセンターの事務所、詳しくは事務所が入っているビル
の様子をお伝えします。
今月23日、クリスマスを目前としたこの日、上海の出張から
帰ってきました。事務所の入っているビルのエントランスに一歩
足を踏み入れたところ、目の前に広がるのはデッカイツリー、
廊下の天井付近にズラリと張られたサンタのオジサンの顔、
シャンデリアからボンボンのような飾りが大げさに垂れ下がる
といった「クリスマスでお腹がいっぱいです状態」の風景でした。
会社ばかりが入るこのビルの中の、凄い迫力の飾り付けに
多少ビックリしましたが、年々賑やかになっていく北京のクリ
スマスに感心していました。
そして今日、エントランスにはデッカイツリーに廊下やシャ
ンデリアの飾り、クリスマスの余韻が残りっぱなしでした。
廊下ではたくさんのサンタがまだご健在でニコニコ笑っています。
いつになったら片付けるのかな・・・。これだけは6年前とちっとも
変わっていない北京のクリスマスなのでした。
2005年まで残すところあと3日。日本では仕事納めの方、
大掃除や新年の準備に大忙しの方で溢れているのかと思うと、
元旦前の中国にいる日本人は着物の帯を締め直すことなく
新年を迎えるような気分に陥りがちな時期でもあります。
ちなみにセンターの仕事納めは今月31日になりそうです。
本日、変わらぬ真っ赤なホッペの黄先生にお会いし、先日
大阪で行われたシンポジウムについてお聞きしました。
今回の訪日に黄先生は大変満足しているようで、いつも真っ赤
なホッペを更に赤くしながら楽しげにお話をされていました。
医師同士の交流も有意義なものになったと言っておられました。
講演後、日本せきずい基金の大浜様とも40分ほどOEG細胞
移植の安全性等についてお話をされたそうです。その中でも
私たちが一番興味を持ったのは、大浜様が先生に対し中国
で手術を受けるならいつになるか、という質問をされたことです。
以前、弊社社長の長瀬に電話問い合わせをされたという件も
ありますので、それが大浜様自身のご意見であるのか、それ
とも基金全体のご質問であるのか、お決まりになったら是非
センターまでご一報いただきたいものです。
本日、黄先生にお聞きした内容を今月末(もう〆切間近です
が。汗)発行のメルマガでお届けする予定になっております。
そちらのほうもどうぞご覧下さい。
全く急なウェブログ休止で申し訳ありませんでした。
2週間の出張でしたが、聞きなれない上海風の中国語
と慣れない土地での不安感で終始緊張していたせいか、
私もスタッフの李もヘトヘトの状態で戻って参りました。
出張の後遺症、風邪もまだ治っておりません。
そしてこの2週間で感じ学んだこと、それは言葉の壁でした。
「○○があれば言葉なんていらない!」と謳われることも
ありますが、病状や薬の名前をその○○で伝えられるなら、
こうやって日誌を書く事も小説を読む事も声を出して喋るこ
ともないのです。例えば「お腹が痛い」をお医者さんに伝える
とします。両手でお腹を押さえ、苦しい顔をすればなんとなく
「お腹が痛いんだなぁ~」と解ります。でもそれがどんな痛み
で、具体的な病名やどんな手術や薬で治るのかを知るには
やはり言葉が必要になってくるのです。
私も中国語を学習して6年、新聞を読んだり、中国人と会話
したりできるようになったみたいです。しかし普段の生活の
中ではあまりにも「なんとなく」や「適当」が多かったような
気がします。そこで今回は大きな壁にぶつかってしまいま
した。専門用語はもちろんのこと、言葉の裏側や奥底に潜
んでいる意味や言い回しという壁です。どうやってこの人の
話す言葉を明確に伝えることができるだろうか、この人は何
を言おうとしているんだろうか。考える度に通訳のスピードが
落ちていきます。
言葉はいくら学んでも解っている気がして解ってないことが
多いのだと思いました。日本人同士だって言葉の誤解がある
のに、それが外国語ともなればその誤解は倍増、もしくは誤解
の前に聞こえなくてもいい事や聞こえなければならない事が
聞こえなくて、疎遠になるか親密になるかどちらかなのでは
ないでしょうか。
もしかしたら私は中国語学習の過渡期をさまよっているの
かもしれません。
そう感じた2週間、ロシア人の方の「Cha?(この方が唯一
覚えた中国語”お茶”)」という言葉に慌てふためき日本語で
「いえいえっ、結構です!!(汗)」と答えていたのでした。
支援センタースタッフの李と田村は現在出張中ですので、
日誌を少しの間お休みさせていただいております。
明日、メルマガの発行を予定しておりますので、そちらの方も
是非ご覧ください。
大変ご迷惑をおかけしておりますが、ご了承いただきますよう
何卒よろしくお願い申し上げます。
という私田村は只今上海です。早く北京に戻りたーい。
美しい高層ビルが立ち並んでいく中、ふと横を見ると
灰色セメント作りの四合院があったりなんかして、不思議な
所なんです北京は。
バリバリのブランド品を身に付けてベンツに乗りこみ、風を
切って歩くお姉さんの通る道端にはボロボロの服で真っ黒の
顔した物乞いのおばあさんと赤ちゃんが寒空の下に寝転がっ
ているんです。
お釣りを投げ返す店員もいれば、笑顔で接客する店員もいて。
ドアも仕切りもないトイレがあれば、センサーで水が流れる
トイレもある。とても混沌とした街なんです。
最近では駅など公共の場所の階段に、車椅子を乗ってる人
ごと運ぶ機械を導入するというニュースがあれば、開きっぱなしの
マンホール、どうやって壊したのか異常なほどガタガタの道ばかり。
北京はそんなギャップと矛盾に包まれた街なんです。
先日、北京電視台の番組で先天性脳性マヒの患者さんが
クローズアップされていました。
途中から見始めたので年齢は解りませんが、見たところ
まだ20歳ぐらいの青年です。病気が先天性であったため、
彼が3歳の時両親にこう言ったそうです。
「ほかのお友達みたいに走れるかなぁ?」
彼の母親は”6歳になったら一緒に走れるからね”と答え、
彼は6歳の誕生日が来るのを待ち望んでいました。
6歳の誕生日、足はいつもと同じようにだらりとしたまま。
そして自分の足がほかの子供達と違う事に気が付いたのです。
しかし彼は残った両腕で家を飛び出し、友人を見つけ、木登り
や水泳を覚えました。
しばらくして小学校に入学。彼に待っていたのはクラスメイト
の冷たい視線でした。入学したその日、彼は自分に馬乗りしよ
うとした男の子の足を引っ張り、こめかみの辺りにケガをさせて
しまいました。担任の先生は悪乗りしすぎた生徒を責めること
なく、彼を退学処分にしたのです。
そして1年後、彼の担任の先生が異動、復学することになり
ました。1年の間、父親と二人で懸命に勉強した成果もあり、
成績はいつもクラスでトップでした。
彼が14歳の時、足の手術を受けました。引き裂かれるような
痛みの中、この両足で立ちたい、歩きたいという一心で何度も
手術を受けたそうです。16歳の時、松葉杖をつきながらやっと
立つ事ができました。しかしその喜びも束の間、身体的なこと
を理由に学校から退学を突きつけられます。
暗闇に落ちていく、そんな気持ちを抱え、部屋に閉じこもる
生活が始まります。何もしたくない、そんな時手に取ったの
は彼の家で唯一の電化製品である「ラジオ」でした。
ラジオからは評書(古代の英雄伝説などを漫談調にしたもの)
が流れてきます。彼はその世界に引き込まれ、得意な暗記力で
好きな物語をすべて暗記していきました。評書を暗記する青年
として噂が噂を呼び、故郷で度々発表会を開くようになったそう
です。
それから数年が過ぎ、現在瀋陽(センターの本社があります)の
街角で靴の修理をしながら、評書をしているそうです。
彼が番組の最後に言った言葉が印象的でした。
「確かに僕は松葉杖がなければ立てないけど、瀋陽で1人の人間
としてしっかりと立ち上がる事ができたと思っています。」
いつか機会があれば彼の評書を聞きに行ってみたい。私の中国
語のレベルでは聞き取れないでしょうけど・・・(汗)
先週金曜で植木が退職。今週は李が上海へと出張。残された新人田村は
お昼、事務所でカップラーメン・・・いえ、お留守番です。
今週はメルマガを作成すべく、インタビューの内容を整理したり、調べ物を
したいと思います。このウェブログやメルマガを見ていらっしゃる方がどんな
情報を欲しているのか掴めぬまま、ただひたすら調べるばかりです。
せっかく「まぐまぐ」に登録してまで見ていただいてるんだからと、あちこち
手を伸ばそうとすると、どうもとっ散らかったものになってしまいそうです。
特に今週いっぱいは1人で留守番ですので、良いアドバイスももらえず・・・。
大変な一週間になりそうです。
訪日中の黄先生は、第4回アジア太平洋神経再生シンポジウムの明日の
プログラムで、13時15分より30分間の講演を開くことになっています。お近くの
方は是非・・・と言いたいところですが、入場料が高いようですので、講演に
関しての何か情報が入り次第日誌にてお伝えしたいと思います。
お伝えすべき事はたくさんあるはずなのに・・・明日からもがんばります・・・。
今朝、北京は雨でした。12月の雨、滞在歴6年の私もさすがに見たことが
ありません。いつもだったら雪が降るはずなのに。
今日、植木さんは最後の出勤になります。いつも朝一番乗りに来て
私たちのコーヒーカップを洗ってくれています。朝ごはんは事務所の
近くで老夫婦が売っているアン入りの焼餅(パイみたいなものです
美味しくて、私もハマっています)です。
仕事中は患者さんと家族の方を第一に考え、たくさんの問題に向き
合ってきました。1人でも多くの方が脊髄損傷に関心を持ってくれるよ
うに、日誌・メルマガの発行を欠かさず、1人でも多くの患者さんが立ち
上がり歩けるようにと西山病院やその他リハビリセンターを視察し、日
本ではできないリハビリを提供したいと日々努力していました。彼女が
センターで働いていたのは、ちょうどOEG細胞移植が日本のメディア
で取り上げられ、一番苦しい時期でもあったと思います。でも厳しい
ながらもやさしさいっぱいで手術に来られた患者さんに接し、「私たち
にできないことは何もない」、昨日の日誌で述べていたように私たち
センタースタッフを支えてくれました。
私たちにできないことは何もない、その精神をずっと受け継ぎ、守って
いきたいと思います。
今日の植木さんはお化粧バッチリでモデルさんみたいです。
事務所を片付ける姿に李さん泣きそうです。「去る前に良い事しな
いでよ!ゴミ箱見るたびに植木さんを思い出したらどうするのよ!」
ですって(笑)
植木さん、本当にご苦労様でした!!中国に再度戻る気になったら(汗)、
センターに戻ってきてくださいね!
今日は黄先生とお別れに西山医院へ行ってきた植木です。
というのは冗談で、NHKの取材のためです。
12月になったのに、まだ働いているのという声が聞こえてきそうですが、
今日が最後のウェブグで、明日が最後の勤務です。
今日の取材では脊髄損傷以外でどんな疾患にOEG細胞移植が有効かということが取り上げられ、先生はALSについて以下のように説明されていました。
*ALSはとても怖い病気であり、発症から平均3年で亡くなる。原因はわかっておらず、そのため治療方法はない。
*ALSにOEG移植手術を始めたきっかけは、脊髄損傷にOEG細胞を移植するとある一定の効果があることを知ったALSの患者自身が、是非自分に移植手術をして欲しいという要望からで、患者はどうせ手術をしてもしなくても死が待っているなら、手術をしてから死にたいということで、ここから始まった。
*ALSは進行性の病気のため、手術をして少しでも改善がみられた場合その間に別の治療法が見つかる可能性もあり、この患者も助かる可能性がでてくる。しかしどのような患者にどのくらいの効果があるかというのは言えない。術後もどのくらいの期間回復して、いつ悪化するかというのもわからない。
今日の取材の中で先生がもっとも強調されていたのが、
今は治るのが当たり前と言われている病気でも、昔は不治の病だったものがたくさんある。現在の医学では脊髄損傷やALSは治らないと思われている。OEG細胞移植手術を行った患者に見られる改善を、どうしてこうなるのかがわからないからと言って否定するのは簡単である。しかしこれでいいのだろうか。
ということです。
私は目の前で実際に患者さんの身体に変化があるのを見てきました。
もちろん大きな変化の見られなかった患者さんもみえます。
ただ先生の言われているように、
今までの自分の持っている固定観念から現実に顕れている事実を否定してしまったとしたら、
その時点で可能性を消してしまうことになるのではないでしょうか。
最後にもう一つ
今患者さんが1人北海道の右近さんのところでリハビリをされています。
昨晩メールをいただき、興奮してなかなか眠れませんでした。
この詳細についてはいずれ田村がメルマガかこのウェブログで報告させていただくことになると思います。
ここで強く感じたのが
自分さえあきらめなければ、できないことは何もない。
ということです。 何だかずっと同じようなことばかり書いて
最後まで同じことで恥ずかしいですが、
この患者さんの回復を知り、あらためて思いました。
私たちにできないことは何もありません。
今までこちらに来ていただいた患者さん、先生方、看護士さん、同僚、これを読んでくださっているすべての方に
今まで本当にどうもありがとうございました。
お鍋が恋しい季節になりました。今日、北京は灰色の曇り空で明日にでも
雪の降りそうです。雪景色の北京の下町(胡同)をまた今年も見ることがで
きます。白・灰色・赤が織り成す景色、すごく素敵なんですよ。
黄先生が日本でのシンポジウムで講演を行うまであと数日、明日は某テレビ
局との打ち合わせがあります。「胎児」や「倫理」という言葉を使って先生を
怒り狂わせないかと(前回の日誌にも書かれておりますが)センタースタッフ
全員でハラハラしています。しかし、その打ち合わせには野球で言えばリリーフ、
抑え投手(実際は先発のスター選手)のスタッフ植木が向かい、黄先生の頭の
てっぺんから噴き出さんばかりの溶岩を両手で押さえて来てくれそうです。
今回の取材は脊髄損傷だけでなく、ALS(筋萎縮性側索硬化症)への移植手術
についても問われるそうです。これらの素材が番組になった時、どんなことを訴え、
どのように受け止められていくのでしょうか。
視聴者を釘点けにするためだけのテーマはあまりにも無責任。面白がって
胎児や倫理を取り上げるだけではなく、取材を通して目の前にある現実をす
べて映し出してほしいと思う。そして私たちに見えないものを見せてほしい。